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神戸地方裁判所 昭和63年(ワ)473号 判決

原告

服部智子

ほか二名

被告

前田三好

主文

一  被告は、原告服部智子、同地主ちづ子に対し、各金一四三万〇八七二円及び右各金員に対する昭和六二年三月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による各金員を支払え。

二  被告は、原告松倉美代子に対し、金二二〇万円及びこれに対する昭和六二年三月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの、その一を被告の、各負担とする。

五  この判決は、原告ら勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告服部智子、同地主ちづ子に対し、各金四七〇万三七〇六円及びこれに対する昭和六二年三月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告松倉美代子に対し、金三三〇万円及びこれに対する昭和六二年三月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、被告の負担とする。

4  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

(一) 発生日時 昭和六二年三月三〇日午後八時一五分ころ

(二) 発生場所 兵庫県芦屋市大桝町五番一三号先信号機の設置された交差点東詰め横断歩道上

(三) 加害(被告)車 被告運転の普通乗用自動車

(四) 被害者 亡松倉英子(以下「亡英子」という。)

(五) 事故態様 亡英子が、右事故発生日時に右事故発生場所である横断歩道上を青信号にしたがつて南方面から北方面に向かつて横断歩行中、被告車が、南方面から東方面に向かつて右折進行し、本件事故現場において亡英子と衝突し、同人を路上に転倒させた。

(六) 被害状況 亡英子は、右事故により頭蓋骨骨折、脳挫傷、外傷性くも膜下出血等の傷害を受け、同月三〇日伊藤病院で、同月三〇日から同月三一日まで二日間兵庫県立西宮病院で、同月三一日から同年四月一九日まで二〇日間関西労災病院で、入院のうえ治療を受けたが、同年四月一九日午前零時一五分前死亡した。

2  責任原因

被告は、本件交差点を右折するにあたり、対面信号機の標示が青色であるから横断歩道上を青信号にしたがつて横断する歩行者がいないかどうか十分に注意して進行すべき注意義務があるのに、これを怠り横断歩道上に対する注視不十分のまま進行した過失より、本件事故を発生せしめた。

よつて、被告には、民法七〇九条により、原告らの本件損害を賠償する義務がある。

3  原告らの地位

(一) 原告服部智子(以下「原告智子」という。)、同地主ちづ子(以下「原告ちづ子」という。)は、亡英子の子であり、亡英子の被告に対する本件損害賠償請求権を法定相続分にしたがつて二分の一ずつ相続した。右両名の外に亡英子の相続人はない。

(二) 原告松倉美代子(以下「原告美代子」という。)は、亡英子の母親である。

4  損害

(一) 原告智子、同ちづ子の損害

(亡英子の死亡にいたるまでの損害)

(1) 治療費 金四二万六八一〇円

(2) 休業損害 金一五万〇二一二円

261万0825円(昭和61年度の年収)÷365円×21日

(3) 入院雑費 金二万五二〇〇円

1200円×21日

(4) 付添看護費 金一〇万五〇〇〇円

500円×21日

(5) 家族交通費 金二六万七一〇五円

(6) 慰謝料 金二五万円

(亡英子の死亡による損害)

(7) 逸失利益 金一二〇四万一九〇八円

261万0825円×(1-0.3)×6.589=1204万1908円

(8) 慰謝料 金一七〇〇万円

(9) 葬儀料 金一〇〇万円

(10) 弁護士費用 金一〇〇万円

(二) 原告美代子の損害

(1) 慰謝料 金三〇〇万円

(2) 弁護士費用 金三〇万円

(三) 原告智子、同ちづ子は、本件事故後、亡英子の損害に関し自賠責保険より金二二八五万八八二三円の支払を受けた。

そこで、右両名の本件損害金三二二六万六二三五円から右受領金二二八五万八八二三円を控除すると、その残額は、金九四〇万七四一二円となる。

5  よつて、原告らは、本訴により、被告に対し、原告智子、同ちづ子につき右損害各金四七〇万三七〇六円及びこれに対する本件事故当日である(以下同じ)昭和六二年三月三〇日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金、原告美代子につき本件損害金三三〇万円及びこれに対する昭和六二年三月三〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1中亡英子が本件事故当時本件横断歩道上を通行中であつたことを否認し、同1のその余の事実は認める。同2の事実及び主張は争う。同3(二)中原告智子、同ちづ子が亡英子の子らであること、同(二)の事実は認めるが、同3のその余の事実はすべて不知。同4の事実はすべて不知。同5の主張は争う。

三  抗弁(過失相殺)

1  本件事故現場である東西道路には、南側並びに北側の歩道寄りに植え込みが存在するところ、亡英子は、本件事故直前、右南側の植え込みの切目から車道に進出し足早に本件横断歩道の東側外を横断し、そのために、被告における亡英子の発見が遅れたものである。右主張は、次の各事実から認め得る。即ち、被告は、本件交差点で自車を徐行させ、右事故発生後直ちに右車輌を停止させたので、路上には右車輌のスリップ痕も存在しない。しかるに、亡英子は、右事故後右横断歩道東側端から約八メートル東側に転倒していて、その周辺に同人の傘や靴が散乱していた。

2  このようにして、右事故の発生には亡英子の過失も寄与しているから、同人の右過失は、原告らの本件損害額を算定するに当たり斟酌すべきである。しかして、右過失割合は、三割が相当である。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は否認し、その主張は争う。

第三証拠関係

本件記録中の書証、証人等各目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  本件事故

1  請求原因1中亡英子が本件事故当時本件横断歩道上を歩行中であつたことを除くその余の事実は、当事者間に争いがない。

2(一)  原告らが主張する右争いのある事実については、これを認めるに足りる証拠はない。

(二)  かえつて、成立に争いのない乙第一ないし第八号証を総合すると、亡英子は本件事故当時本件横断歩道東側線を僅かに東側へ出た付近を当時降雨中であつたため、傘をさして横断歩行していたことが認められ、右認定事実に照らしても、原告らの右主張事実は、これを肯認することができない。

二  被告の責任原因

1  本件事故の発生(請求原因1)については、右認定のとおりである。

なお、前掲乙第七、第八号証によれば、被告車の本件事故直前における速度は、時速約二〇キロメートルであつたことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

2  右認定にかかる本件事故の全事実関係に基づくと、被告には本件事故直前本件交差点を左折するに当り、自車進路前方左右を注視し、特に横断歩道上あるいはその極近上の歩行者の有無及びその動静を確認して進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、漫然時速約二〇キロメートルの速度で自車を進行せしめた過失により右事故を惹起したというのが相当である。

よつて、被告には、民法七〇九条に基づき、原告の本件損害を賠償する責任がある。

三  原告らの本件損害

1  原告智子、同ちづ子の損害

(一)  亡英子の損害

(1) 治療費 金四二万六八一〇円

(イ) 亡英子の本件受傷の部位内容、同人が死亡するまで受けた治療の経過、治療機関は、前叙のとおり当事者間に争いがない。

(ロ) 成立に争いのない甲第一二ないし第一五号証によれば、亡英子が死亡するまでに要した治療費は次のとおりであることが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

伊藤病院分 金三六三〇円

兵庫県立西宮病院分 金五万二九九〇円

関西労災病院分 金三七万〇一九〇円

合計 金四二万六八一〇円

(2) 入院雑費 金二万五二〇〇円

亡英子が本件死亡まで二一日間入院して治療を受けたことは前叙のとおり当事者間に争いがない。

しかして、弁論の全趣旨によれば、亡英子が右入院期間中雑費を支出したことが認められるところ、本件事故と相当因果関係に立つ損害(以下、単に本件損害という。)としての入院雑費は、一日当たり金一二〇〇円の割合で合計金二万五二〇〇円と認める。

(3) 付添看護費 金九万四五〇〇円

(イ) 亡英子の本件受傷の部位内容、同人が死亡するまでの治療経過、就中入院期間が二一日間であることは、前叙のとおり当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第一〇、第一一号証によれば、亡英子は前叙西宮病院、関西労災病院へ入院した当時から半昏睡状態であつたことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(ロ) 成立に争いのない甲第一六号証によれば、原告智子が亡英子の入院期間二一日中付添看護に当つたことが認められるところ、亡英子の右受傷の部位内容、その入院期間、右入院期間中における状態等を総合すれば、原告智子の右付添看護費も本件損害と認めるのが相当である。

しかして、本件損害としての右付添看護費は、一日当り金四五〇〇円の割合で合計金九万四五〇〇円と認める。

(4) 家族交通費 金一三万八九二〇円

(イ) 本件事故日、亡英子の本件受傷の部位内容、その治療経過及び結果は、前叙のとおり当事者間に争いがなく、亡英子の右入院期間中における状態は、前叙認定のとおりである。

(ロ) 弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二〇号証及び弁論の全趣旨によれば、原告ちづ子は亡英子が本件事故により受傷した後その家族とともに同人らの肩書住所から関西労災病院(前掲甲第一一号証から、その所在地は、尼崎市稲葉荘三丁目と認められる。)まで新幹線、航空機、自家用自動車等を利用し往復したことが認められるところ、右(イ)で認定した各事実を総合すれば、右交通費中昭和六二年三月三一日から同月二〇日までに要した合計金一三万八九二〇円をもつて本件損害と認めるのが相当である。

(5) 休業損害 金一四万四四五八円

(イ) 亡英子の本件入院期間が二一日であること、同人がその二一日目に死亡したことは、前叙のとおり当事者間に争いがない。

(ロ) 成立に争いのない甲第一九号証及び弁論の全趣旨を総合すると、亡英子は、本件事故当時、ポニー洋品店の名称で洋品雑貨商を営み、その昭和六一年度における年収が金二五一万〇八二五円であつたことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(ハ) 右認定各事実を基礎として、亡英子の本件休業損害を算定すると、金一四万四四五八円となる。(円未満四捨五入。以下同じ。)

251万0825円÷365日×21日≒14万4458円

(6) 逸失利益 金一一五八万〇六七八円

(イ) 亡英子が本件受傷により死亡したことは、前叙のとおり当事者間に争いがなく、同人の本件事故当時における年収が金二五一万〇八二五円であることは、前叙認定のとおりである。

(ロ) 前掲甲第一一号証、第一九号証、乙第五号証、成立に争いのない甲第一号証、及び弁論の全趣旨によれば、亡英子は大正一五年一月一一日生で、本件事故前健康な普通の女子であつたこと、同人は本件死亡当時六一歳であつたこと、同人には右事故当時扶養家族がいなかつたことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(ハ) 亡英子の就労可能年数は八年(なお、昭和六一年度簡易生命表によれば、亡英子の右死亡当時における平均余命は、二二・七三歳と認められる。)、控除すべき生活費は、三〇パーセント、とそれぞれ認めるのが相当である。

(ニ) 右認定各事実を基礎として、亡英子の本件死亡による逸失利益の現価額をホフマン式計算方法により算出すると、金一一五八万〇六七八円となる。(ただし、新ホフマン係数は、六・五八九。)

251万0825円×(1-0.3)×6,589≒1158万0678円

(7) 慰謝料 金一二二五万円

(イ) 入院分 金二五万円

亡英子の本件受傷の部位内容、入院期間は前叙のとおり当事者間に争いがなく、右入院時から死亡時までの状態は前叙認定のとおりである。

右各事実に基づけば、亡英子の本件入院慰謝料は、金二五万円が相当である

(ロ) 死亡分 金一二〇〇万円

亡英子が本件受傷により死亡したことは前叙のとおり当事者間に争いがなく、同人の右死亡当時における家族構成は前叙認定のとおりである。

右各事実に基づけば、亡英子の本件死亡分慰謝料は、金一二〇〇万円が相当である。

(8) 以上、亡英子の本件損害の合計額は、金二四六六万〇五六六円となる。

(二)  原告らの相続

(1) 原告智子、同ちづ子が亡英子の子らであることは、前叙のとおり当事者間に争いがない。

(2) しかして、成立に争いのない甲第一号証、第二、第三号証の各一、二、第四ないし第七号証によれば、原告智子、同ちづ子以外に亡英子の相続人がいなことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(3) 右認定から、亡英子の本件損害金二四六六万〇五六六円の賠償請求権は、その法定相続分各二分の一の割合で、原告智子、同ちづ子に相続された。

したがつて、原告智子、同ちづ子は、被告に対し、各本件損害金一二三三万〇二八三円の賠償請求権を取得した。

(三)  原告智子、同ちづ子自身の損害

葬儀費 各金四〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告智子、同ちづ子は、亡英子の子らとして同人の葬儀を営んだことが認められるところ、本件損害としての葬儀費は、各金四〇万円と認める。

(四)  右認定説示から、原告智子、同ちづ子の本件損害の合計額は、各金一二七三万〇二八三円となる。

2  原告美代子の損害

(一)  慰謝料 金二〇〇万円

亡英子が本件受傷により死亡したこと、原告美代子が亡英子の母親であることは、前叙のとおり当事者間に争いがない。

右事実に基づけば、原告美代子の本件慰謝料は、金二〇〇万円が相当である。

四  被告の抗弁(過失相殺)

1  被告は、右抗弁において、亡英子が本件事故直前本件横断歩道の東側外を横断したことを主張している。

しかしながら、亡英子が右事故直前右横断歩道の東側線を僅かに東側へ出た付近を歩行していたことは、前叙認定のとおりであり、右認定に照らすとき、被告の右主張事実は、これを認め得ない。

成程、前掲乙第二号証には、亡英子が最終的に転倒していた地点は右横断歩道東側付近から約七メートル東側である旨の記載がある。しかしながら、右文書自体中に、亡英子と被告車が衝突した地点は前叙認定のとおり右横断歩道の東側線を僅かに東側へ出た付近である旨の記載があるし、加えて、右文書中には、被告車自身も右衝突後亡英子の右転倒地点まで前進している旨記載されているのであつて、右認定各事実に照らしても、右文書中の亡英子の最終的転倒地点に関する記載のみから、被告の右主張事実を肯認することはできない。

2  又、被告は、右抗弁において、亡英子は、本件事故直前本件事故現場である東西道路の南側植え込みの切れ目から車道に進出した旨主張する。

確かに、前掲乙第一ないし第三号証によれば、本件事故現場である東西道路南側には植え込みが存在することが認められる。

しかしながら、亡英子が右事後直前右植え込みの切れ目から車道に進出したことを認めるに足りる証拠はない。

かえつて、前掲乙第二号証によれば、右南側植え込みはすき間ないに樹木があることが認められるし、右認定事実に、右事故当時降雨中で亡英子も傘をさして歩行していたとの前叙認定事実を合せ考えると、被告の右主張事実は、これを肯認できない。

3  右認定説示に加え、前叙のとおり当事者間に争いのない亡英子の対面信号機の標示が本件事故当時青色であつたこと、前叙認定にかかる右事故当時の天候、亡英子の右天候に対する対応、同人の右事故直前における歩行場所等を総合すれば、亡英子には本件事故直前被告が主張するような過失は存在しなかつたというのが相当である。

4  よつて、被告の抗弁は、理由がなく採用できない。

五  損害の填補

1  原告智子、同ちづ子が本件事故後亡英子の本件損害に関し、自賠責保険から金二二八五万八八二三円を受領したことは、原告らも自認し、かつ、成立に争いのない甲第一八号証によつて認められるところである。

2  右認定に基づけば、原告らの受領した右金二二八五万八八二三円の各二分の一(各金一一四二万九四一一円。円未満切捨て)は、同人らが相続した亡英子の本件損害賠償請求権の損害に対する填補として右損害から控除すべきである。

しかして、右控除後の原告智子、同ちづ子の右損害額は、各金一三〇万〇八七二円となる。

六  弁護士費用

原告智子、同ちづ子分 各金一三万円

原告美代子分 金二〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告らは、被告が本件損害の賠償を任意に履行しないため、弁護士である原告ら訴訟代理人に本件訴訟の追行を委任し、その際相当額の弁護士費用を支払う旨約したことが認められるところ、本件訴訟追行の難易度、その経緯、前叙請求認容額等に鑑み、本件損害としての弁護士費用は、原告智子、同ちづ子分を各金一三万円、原告美代子分を金二〇万円と認めるのが相当である。

七  結論

1  叙上の認定説示を総合し、原告智子、同ちづ子は、被告に対し、本件損害各金一四三万〇八七二円及びこれに対する本件事故当日であることが当事者間に争いがない(以下同じ)昭和六二年三月三〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金、原告美代子は、被告に対し、本件損害金二二〇万円及びこれに対する昭和六二年三月三〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める権利を有するというべきである。

2  よつて、原告らの本訴各請求は、右認定の限度でそれぞれ理由があるから、その範囲内でそれぞれこれらを認容し、その余は理由がないからそれぞれこれらを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を、各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鳥飼英助)

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